人類が恐竜と一緒に生活していた時代はない。これは当たり前の常識です。
だけど、その常識を覆す発見があるのはご存知ですか?
発見された3万2000個の恐竜土偶

1945年7月、メキシコ北部のアカンバロ市近郊のブル・マウンテンから、恐竜を型どった大量の土偶が発見されました。
土偶は恐竜に似ているものも多いけど、中には特撮で出てきそうな怪獣みたいな未知の生物、猿人や半身半獣、変な人型の土偶、それに馬、象、猿のような動物を型どったものも出てきています。


多くの土偶は粘土細工や焼き物で、翡翠(ひすい)や黒曜石を彫り込んだ石彫も混じっていました。大きさも5センチと小さいものから1メートルを超す巨大なものまで様々です。



発見者「ヴァルデマール・ユルスルート」

発見したのは、ドイツの実業家で考古学マニアのヴァルデマール・ユルスルート。不思議な形に魅せられたユルスートは近くの農夫一家を雇って、発見から7年間かけて、約3万2000個の土偶発掘をしました。
ユルスートが亡くなってからは、土偶の管理はすべてアカンバロ市に委ねられて、市では貴重な資料を守るためヴァルデマール・ユルスルート博物館を建てました。現在も保管と研究が続けられています。
いったいこの土偶は何なのか?
恐竜土偶の真贋をめぐり、数回にわたる調査が行われました。アメリカで有名な考古学者のチャールズ・ディ・ペソは、ユルスルートの要請を受けて、1952年に綿密な発掘調査を実施しました。
ペソはその結果を「恐竜土偶は偽物である」と結論!
ペソの3つの根拠
その根拠は、次のようなものでした。
1.恐竜の土偶などの年代考証上ありえない。
2.発掘を行った農夫はまともな教育を受けていない。
3.発掘跡が新しい土で覆われていた。
つまり、ペソは年代測定などの科学的な判定じゃなくて「常識的にありえない」という判断をしただけっだたのです。ただ、考古学界の大物にそういあわれれば、誰にも反論できなっかたのです。
また、世間もチャールズに味方しました。ユルスートが土偶の起源を、マヤ・アトランティス文明と直結して説明しようとしたことも災いして、いつの間にか土偶は、ユルスルートが農夫一家に焼かせたモノと決めつけられたのです。
3万2000個を捏造出来るものなのか?
けど、たったの7年間で3万2000個もの土偶を焼くことって出来るんでしょうか?そもそも、そんなことをして何になるんでしょう?
発見者のユルスルートが土偶を使って売名や金儲けをするような人ではないことは証明されていました。
立ち上がるチャールズ・ハプグッド教授
そこで立ち上がったのが、アメリカのニューハンプシャー州キーン州立大学のチャールズ・ハプグッド教授でした。
彼は、著名な小説家であり弁護士でもある友人のE・S・ガードーナーの助けを借りて、恐竜土偶について徹底的な現場検証を行いました!そして、その結果、本物説を有力にするいくつかの証拠を見つけたのです。
まず、目をつけたのがカマドでした。農夫一家がこっそり土偶を焼いたんだったら、カマドの跡は必ずあるはず。手本にした古代文化の資料なども残っているにちがいない!と。
教授たちは、一帯をしらみつぶしに調査したけど、それらしい痕跡は見当たりませんでした。
違う場所での土偶発見!

そして、近郊の発掘調査も行ったところ、土偶騒ぎが始まる20年以上も前から建っている警察署長の家の床下地下数メートルから、同じ感じの土偶が43点も発見されました。
さらに、決定的な科学根拠を得るために、土偶の年代観測も行いました。1968年、放射性年代観測では定評のあるアイソープ社に、土偶のサンプル3種の測定を依頼したのです。もっとも確率の高い放射性炭素14法(正確に測定できる方法)で測定したところ、紀元前1600年から紀元前4500年と判明したのです。
この翌年には、ペンシルバニア大学の放射線研究所に熱ルミネッセンス法(さらに正確に測定できる方法)での測定も依頼していますが、その結果は紀元前2500年と、さらに厳密に年代が出ました。
恐竜土偶に半信半疑だった、ペンシルバニア大学は、熱ルミネッセンス法の技術がさらに進んだ3年後に改めて違うサンプル4種を使って測定し直しています。18回の反復測定の結果は、どれも全く同じでした。
アカンバロ恐竜土偶は、紀元前2500年に作られたものだったのです。
次の調査に迫るべきこと
恐竜土偶は捏造ではありませんでした。年代測定による紀元前2500年前は、インドではインダス文明が栄え、エジプトでは、クフ王のピラミッドが完成した時代です。

南北アメリカ大陸では最古の遺跡と言われるペルーのカラル遺跡は、紀元前2600年頃に建造されていました。つまり、メキシコから大量の土偶が出土することは、年代的にはおかしくはないのです。

残る疑問
しかし、恐竜は約6500万年前に絶滅したとされています。土偶を作った人達はどうやって、恐竜の姿に型どれたのでしょうか?
考えられるのは、恐竜の化石から恐竜の存在を知って、想像で土偶を作ったとうことだけど、実在した恐竜とすごく似ているものも含まれていたため、それを否定する学者も多いです。
そこで出てきた考えが、紀元前2500年には、「一部の恐竜はまだ生き残っていた」のでは?という新説です。
ある一定期間、「恐竜と人間は共存していた」のでは?ということです。
この説を裏付ける発見
恐竜と人間が一緒にいたっていう説はすごい突拍子もないことだけど、それを裏付ける発見がいくつか報告されているのも事実です。
アカンバロと同じ山脈にあるアメリカ・アリゾナ州のハバスパイ峡谷(きょうこく)には、数千年前まで川だった岸壁に、ティラノサウルスと思われる壁画が残されています。
また、1908年には、テキサス州のグレンローズを流れるパラクシー川で、恐竜と人間の足跡が同じ地層から発見されています。この地層は5万1000~3万500万年前のものと推定されています。

そして、ペルー・アンデス地方のイカという村では1961年に、約1万年前の地層からカブレラストーンと呼ばれる石が発見されました。この石には、人間が武器を持って恐竜と戦っている姿が描かれていました。

まとめ
もちろん、こうした「発見」のなかには、まったくの偽物が含まれているものも多くありません。
ただ、アカンバロで発見された恐竜土偶が2500年前に作られたものであるという可能性がある以上、恐竜と人間が共存していたということは置いといて、誰が、どうやって、3万数千もの土偶をつくったのか、という謎に対する調査・研究・検証が待たれています。
個人的に思ったこと
・考古学マニアって。わら
・警察署長もグルだったのか。
・恐竜土偶、結構誰でも作れそうやけど、恐竜を知らん時代からしたらすごいことなのか?
・動物の土偶もでてきてるなら、誰かが考えた空想の生き物なのかも。
・あ、あと、すみません。チャールズ・ディペソをどうしても「ペソ」って書きたかったんです。
・何か発見や進化があると全く接していないはずの場所で同じことが起きるのってなんでなんでしょうね。
長い文を読んでいただきありがとうございます。
世界のミステリーや魅力的に感じた事など、いろいろ書いていきますので、気に入っていただけたら幸いです。
これからも、よろしくお願いします。